景色が変わる。
 今度は、どこかの夜の森。
 そこでルビーブラッドさんは焚火をしていた。
 星が輝く静かな夜。
 ごそごそと懐を探り、ルビーブラッドさんは懐中時計を取り出した。
 あれは……おじいさまから貰った懐中時計だ。
(……もう少しだ)
 ……何がもう少し、何だろう?
 この過去の旅が、順調に来ているなら、結構最近のできことのはずなんだけど。
 何がもう少し……?
 ……もしかして、借金、のこと?
 もしそうなら、この光景はかなり最近のことだ。
 でも、そうか。ルビーブラッドさん、家に帰ってないって言ってたし、借金が返し終われば一区切りついて、帰りやすくなるもの。それで、もう少しなんだ。
 と、私が1人納得したとき、ルビーブラッドさんのピアスが輝いた。

「……シシィ!?」

 え!?
 一瞬、私のことが見えてるのかと思ったけど、違う。
 ああ……そうか。あのピアスが光るのは、私のペンダントと連動しているから。
 ルビーブラッドさんが立ちあがる。
 きっと、私が何かの緊急事態で来たんだろうって、考えたのかもしれない。
 でも。
 最近、あのペンダントを使ったのは。
 ――ブレックファーストさんを送ったときだ。

「――!」

 ルビーブラッドさんが、息を呑んだ。
 ブレックファーストさんは、片膝をついた体勢でルビーブラッドさんを見上げていた。
 2人の間に、沈黙が落ちる。
 パチン、と焚火が爆ぜる音が聞こえた。

「――私が、分かるだろうか、×××」
「…………」
「××××だ。今はブレックファースト、と名乗っている……」

 恐る恐る、といったふうに、ブレックファーストさんが口を開いてしゃべる。
 声が、震えていた。
 ――もしかしたら、ブレックファーストさん自身も信じられないのかもしれない。
 目の前にいるのが、自分の親友だって。

「……君は、今、ルビーブラッドと名乗っている、んだね……」

 突如、ルビーブラッドさんが動いた。
 ブレックファーストさんめがけて――回し蹴りを。

「うわっ!」

 ぎゃあっ!ルビーブラッドさん、ご乱心!
 何とか紙一重でブレックファーストさんが避けられたからいいものを、もし当たってたらどうするんですか!
 でもルビーブラッドさんは、冷静にブレックファーストさんを見つめていた。

「……その身のこなしは、本当に××××……なのか」
「腕は落ちてないよ。誰が君に体術を教えたと思ってるんだ」

 苦笑しながら、ブレックファーストさんが立ちあがる。
 ……まさか、ブレックファーストさんがルビーブラッドさんに教えたの?
 いや、でもそれだと納得が出来るかも。そうだ、ブレックファーストさんとルビーブラッドさんの身のこなしはちょっと似ていたし、船の上でルビーブラッドさんが勝てなかった理由も分かる。
 ブレックファーストさんが、師匠だからだ。

「……船の上で、まさかとは思った、が……」
「そうだね……私も少し違和感を覚えた。この体術、癖には覚えがあると。まさか闇……共通の知り合いがいて、その人物のもとに引き合わせられるとは」

 あ……そうか。確か、ブレックファーストさんにはルビーブラッドさんに本名を知られてしまった、って言っておいたんだっけ。
 だから、ワークネームを言わないようにしてくれたんだ。

「シ」
「私の前で、彼女のことは名前で呼ばないでくれ。少々都合が悪い」
「……彼女が、お前を送ったのか」
「そうだ」

 また、2人の間に沈黙が落ちる。
 木々がざわめいて、焚火の火が揺れた。
 同時に2人の影も揺れる。

「……本当は、君の前に現れるつもりなんてなかったんだ」
「俺はずっと探していた」
「止めるつもりで?君に止められても、私は絶対に止めなかったよ」
「……何の話だ?止める?俺は理由を訊くために」

 訝しむルビーブラッドさんに、ブレックファーストさんは困惑の表情を浮かべた。

「手紙を読まなかったのか?」
「手紙?」

 首を振るルビーブラッドさんを見て、ブレックファーストさんは「それでか」と顔を手で覆った。ため息も漏れる。

「……私は、私を騙した彼らに復讐をするために、町を出た。彼らはね、私が恐ろしいから町を出たんじゃない、友人の君……ルビーブラッドの報復が恐ろしくて身を隠したんだ」
「やはり、あの借金は奴らに負わされたものか」
「……魔術勉強会の入会書は、偽造されていたらしい。あれは、借金の肩代わりを承認するという書類を魔術で入会書のように見せていたんだ。私は気付かずサインした。彼らの肩代わりの出来上がりだ」

 自嘲気味に、ブレックファーストさんは揺れる焚火を見つめた。

「……君が正しかった」
「…………」
「本当に、君の前になんか、のこのこと見せる顔なんてないのに……でも、彼女からどうしても、目をつむれないことを聞いた」

 彼の瞳が、苦しさをにじませる。
 ルビーブラッドさんに似ている、でも違う赤紫の瞳。

「君は、私の借金以上の金を誰に払っているんだ?」

 ルビーブラッドさんの目が見開かれる。
 信じられない、んだろうと思う。でも、実際ルビーブラッドさんとブレックファーストさんが払った借金の額はあまりにも違いすぎる。
 それに、ブレックファーストさん自身が払ってるのに、ルビーブラッドさんも払わなければいけないっていうのはおかしい。

「私は5000万きっちり払った。少し利子もついたけど、億まではいってない」
「……とっくに、億は越した」
「……そもそも、私は君には手紙を残しておいたはずなんだ。事情を全て書いた手紙を。君に届けるよう、人に頼んでおいたはずなんだが……」

 はっ、と2人が同時に顔をあげた。

「……高利貸しの連中か」

 ルビーブラッドさんが苦々しげに口にした。
 どういう……ことだろう?借金取りの人たち?

「君は有望株で有名だったから……私を利用して、絞れるだけ絞り取ろうとでも思ったのか。手紙が届かなかったのも、連中の横やりだな……」
「……」
「もう、君は払わなくていい。私が全て払ったのだから。連中には私が話をつけよう」
「そして、そのまま消えるつもりか」

 ブレックファーストさんが、黙った。
 ……どうして。ここまできて、どうして消えようなんて思うんですか!
 目の前にいるのに。後、少しなのに。
 2人が、お互いの気持ちさえ言えれば。
 素直に言えたなら。
 きっと、前の2人みたいに戻れるのに……!

「……奴らの行方をつかむのに、ずいぶん汚い手段を使った。復讐も終えてしまった。何より、親友の君を信じられなかった。君に会わせる顔がないんだ……私は変わってしまったんだよ」
「××××」
「……君と初めて会ったとき、君に救われた。君だけが、私を馬鹿にしなかった。君にとってはささいなことだったのかもしれないけど、私には大きく意味のあることだった……初めて、あの場所で呼吸ができたようにすら思えたんだ」

(それは、俺の方がそうだ)
 相変わらず表情には出ないけれど、強く、感情が伝わってくる。
 熱く、切ない気持ち。
(魔力を感じないからだったのかもしれないが……俺を怖がらずにいてくれたのはお前だけだった)
(……死んでいなくて、良かった)
(こうして、目の前で動いているのが見れて良かった)
 ブレックファーストさんは、ルビーブラッドさんから視線を外した。

「そんな君を、信じなかった。裏切りだ」
「……それを言うなら、俺も裏切った。親友ならお前があいつらとつるむのを止めるべきだった、嫌われてでも。俺は恐ろしかった、お前に疎ましがられるのが……嫌われれば、また、化け物に戻るのではないかと」
「×××!」

 ブレックファーストさんが、怒鳴り声をあげた。
 ルビーブラッドさんの代わりに、私が驚いてしまった。

「君は……っ!私も君のじい様も何度も言ったじゃないか!君は化け物じゃない、誰かを守ることができる力を持っているだけだと!アステールを持つ鳥たちを守ってやることができる力だと!」
「昔も、よくそう怒鳴られた」

 一瞬、場が静まる。

「……××……ブレックファースト。俺達は何も変わっていない」
「…………違う。私は、変わった」
「――帰ろう。また、じいさまが、オレンジケーキを焼いてくれる」

 ブレックファーストさんの頬を、涙が伝う。

「君は……私を赦すのか」

 ルビーブラッドさんが――泣きそうな微笑みを浮かべた。
 良かった、って、心の底から思える。あのとき、ブレックファーストさんをルビーブラッドさんに会わせたいと思って、本当に良かった。
(――シシィ)
 いきなり呼ばれて、私は顔をあげた。
 ……違う。ルビーブラッドさんの、心の声だ。
(お前は、いつも俺に幸せをくれるんだな……)
 そんなこと、ない。この結果になったのは、2人が素直になったから。
 私なんか、何にもしてないんです。
 貴方が、ブレックファーストさんが、頑張った結果なんですよ。
 2人が微笑みあった瞬間。
 ――鼓膜を震わすほどの轟音が辺りに響いた。

「!?」
「今の、鳴き声は……」

 ルビーブラッドさんの言葉に私は自分の耳を疑った。今のが、鳴き声?どう考えても地面が割れるような音にしか聞こえなかったのに!
 ブレックファーストさんが構えて、ルビーブラッドさんもロッドを構える。
 お互い背中合わせになって、周囲に目を配る。
 一気に、緊張感が高まった。
 ……何?何なの?
 私の緊張が吐き気に変わりそうになったとき、森の茂みから男の人が2人、それこそ死に物狂いで飛び出してきた。
 1人は……何かを腕に抱えているように見える……。

「貴様らか……!」

 ルビーブラッドさんが1人押さえて、ブレックファーストさんが困惑しながらもう1人を押さえた。
 男の人たちは地面に押し付けられて、苦しそうにもがく。

「ルビーブラッド」
「依頼だ。密猟グループの排除。数が正確ならこいつらで最後だが……」

 ルビーブラッドさんの表情が険しくなる。
 その視線の先には、男の人の腕の中に納まる――卵があった。
 卵としてはかなり、大きい。そして、かなり分厚そうな殻だと思う。
 なんか……石で叩いても割れそうじゃないかも。
 その卵を見て、ブレックファーストさんの顔が青ざめた。

「何てものに手を出したんだ……それで、さっきの鳴き声か」
「マズイ……ドラゴンの卵……」

 背後から、またあの鳴き声が聞こえた。

「――ドラゴンが怒り狂っている」