――ごりごりごりごり。

「ルウスさん……暇ですよねぇ……」
「暇ですね」

 ――ごりごりごりごり。

「シシィさん……暇ですね」
「暇です」

 ――ごりごりごりごり。
 ブレックファーストに会った翌日。
 シシィは祖母の隠し部屋にて、日も高いうちからひたすら木の枝をすりばちですっていた。器の中央には今までの努力の結晶が粉となってあるのだが、量は少ない。
 固くて、シシィの力ではなかなかすることができないのだ。
 しかし今すっている木の枝は、昨日ブレックファーストから買った『シファーの枝』というもので、モザイクを解く魔術に必要なもの。簡単に諦めるわけにいかず、床にすりばちを置き、手で器を押さえて万全の体勢で挑んでいるわけだが、なかなか木の枝は粉になってくれない。
 昼の1時から作業を開始して、現在3時。まだ終らない。
 暇だ。

「手が痛くなってきました」
「明日は筋肉痛決定ですね」
「というか、もう既に腕が痛いです…」

 辛いなぁ……と天井を見上げて、ふと思う。
 祖母の隠し部屋。

『お前の祖母はこの世界では有名だ。多くの魔術師が憧れている。俺も彼女に対しては欽慕(きんぼ)の念を抱く』

「……ルウスさん」
「はい?」
「おばあちゃんって、すごい人だったんですか?」

 その疑問にルウスはあっさりと、「はい」と答えた。

「レイモルルさんは素晴らしい魔術師です。『聖なる魔女』と呼ばれていました」
「聖なる魔女?」

 こくり、と頷くルウスを見ながら、シシィはすごい呼び名がついているなぁ、と我が祖母のことながら赤の他人事のように聞いていた。その呼び名は、あまりにもシシィが知っている普段の祖母からは想像がつかないのだ。
 聖なる魔女、とシシィが懸命に想像を働かせていると、その様子を笑いながらルウスが話し始めた。

「レイモルルさんが24歳のころ、この国のとある土地で大問題が起こったそうです」
「大問題?」
「その土地が、呪われてしまったんですよ」

 呪い。
 いきなり出てきた物騒な言葉に、思わずシシィがすっていた手を止めると、ルウスが目聡く「止まってますよ」と注意する。慌ててまたすり始めたが、内心それどころではない。
 ――呪いって。
 おまじない、とは全然違う。誰かに危害を及ぼすものだ。

「その町は夜には黒い霧に覆われて、昼は白い霧に覆われたそうです。その中で住人や動物たちが次々に人形になっていく」
「それが、呪いなんですか?」
「ええ。『孤独共存の呪い』と呼ばれる最悪な呪いでしてね。呪いはどうやって生まれると思います、シシィさん」

 聞かれて、シシィはうろたえた。
 呪いがどうやって生まれるかと聞かれたならば。

「……誰かが憎いな、とか……そう思って、じゃないんですか?」

 それくらいしか思いつかない。
 ルウスは「大体はそれで生まれるんですよ」と言ったが、大体と言うことは。
 例外も、あるということ。

「『孤独共存の呪い』は偶発的に起こる、いわば事故のような呪いなんです」
「は?」
「詳しいことは未だに分かっていませんが、普通の呪いは個人が個人に向けて、もしくは個人が多数に向けて発動するんです」

 それは、何となく分かる。シシィは理解した、と頷いた。

「が、『孤独共存の呪い』は不特定多数の人の呪いや負の感情が、何かをきっかけに不特定多数に向けて発動されてしまうんです」
「えっと、つまり呪いの源が個人なのか、それとも大勢なのかということですか?」
「そうです。それだけの違いですが、その違いは魔術師にとって重大です。一般の人にも魔力があることは知っているでしょう?」
「はい」
「魔術は魔力が目覚めていなければ使えませんが、呪いは成功してしまえば微力ながらその人の魔力を吸い取るんです。それが、何十人、何百人と集まれば」
「……膨大な、力に」

 個人個人の魔力が、目的は違えど共存してしまう。だから『孤独共存の呪い』。
 その大きな魔力に立ち向かうのは、魔術師。いわゆる多勢に無勢と言われるような状態になってしまうのではないだろうか。
 ――おばあちゃんが。
 祖母が、それに立ち向かったというのだろうか。
 その思考を読み取ったかのように、ルウスは話を続ける。

「その当時、国には5人の若い魔術師しかいませんでした。『孤独共存の呪い』の犠牲者は既に100人を超えている。若い魔術師たちのうち4人は、初めての大きな事態に怯え、解決策を見出せなかったのに対し、レイモルルさんは魔術師になったばかりという身で、やってのけてしまわれたんですよ」

 ――まさか。
 呪いを。

「町を覆うという巨大な呪いを、たった1人で封じてしまわれた」

「おっおばあちゃんが!?」
「普通、それだけの規模の呪いを封じるには2,3人は必要なんですけれど」

 完璧に祖母の話とは思わず、シシィはそのことを聞いていた。孫であるからこそ祖母の成し遂げたことが信じられないのだ。何せ祖母は、どちらかと言えばおっとりしている(と本人は思っているが、どちらかにしなくとも彼女はおっとりしている)シシィから見てもだいぶおっとりしていた人だ。そんなひとが、そんな大きなことを成し遂げていたなどとは。

「で、ですよ」
「まだ何かあるんですか!?」
「その呪われた土地って、ここなんです」

「は?」という声とともに、思わずシシィは枝を落とした。

「だから、呪いはまだこの土地に封印されてるんですよ」
「この土地のどこに、です」
「それが、分からないらしくて」
「え」

 分からない、というのはどう言うことなのだろう。祖母が封じ、封じた人がいた以上は場所でもなんでも分かりそうなものだが、とシシィが思っているのはお見通しなのか
 ルウスが軽く首を横に振る。

「言ったでしょう、魔術師は用心深いと。その呪いを悪用されることを恐れたレイモルルさんは、封印した場所を誰にも言わなかったそうなんです」
「それって、逆に危なくないですか!?」

 もし、誰かが知らずにその封印に触ってしまったりしたら。
 どこに封印されているのか分からないのであれば、対応策を練ることすらできない。

「だから、シシィさんなんでしょう」
「はい?」

 唖然とするシシィに、ルウスはしっぽを振りながら告げる。

「シシィさんと同じことを、レイモルルさんも考えたはずです。その危険を回避するには後継者が必要。それで孫が運良く強い魔力を持って生まれてきてくれたから、後継者になってほしかったんでしょう」
「ああ……」

 それで、やっと腑に落ちた。
 実はずっと、何故祖母は自分の気持ちを無視するようなマネまでして、自分を魔術師にしたかったのか、ということが分からなかったのだ。祖母は優しくて、いつもシシィが本当に嫌だと思うようなことを強要したりはしなかった。
 だからこそ、この話を聞くまでずっと不思議だったわけだが、やっと謎が解けた。
 ――昔、どうしてこの町以外の場所に行かないの?って訊いたことあったなぁ。
 祖母がずっとこの町にいるのを見て、シシィは大きくなったら旅行に連れて行ってあげると言ったことがあった。けれど、祖母は優しく微笑みながら「いいのよ」と言い。
『おじいちゃんと出会った町だから、ここが好きなの』
 そう、笑った。
 つまり。

 ――大好きな町を、私に守ってほしかったんだね?

「さて、シシィさん。もう量はあるんじゃないですか?」
「あ、そうですね」

 先ほどからあまりの衝撃の事実に枝をすり忘れてしまっていたが、すりばちの中身を確認するとこれで十分な量はある。粉をすりばちからビーカーへと移し、目分量で既に混ぜてあった別の材料の入ったビーカーと混ぜ合わせた。この材料の中には、一番最初に見て訳の分からなかったペテレントリシャヌやらなんやらと、色々入っていて正しい分量で混ぜている。ただし、目分量だが。
 最近はルウスもやっと信じてくれるようになり、シシィがこういう魔術薬の作りかたをしても危なっかしい、というふうには見ていないようだ。
 それに満足しながらシシィは床にビーカーを置き、ロッドを手に取った。
 ここからが、大仕事なのだ。

『我は有為(うい)門扉(もんぴ)を創る者 全てはここから始まりここに終わる』

ロッドが光り始め、シシィの手から離れる。

荊棘(けいきょく)と荊棘の中に造詣(ぞうけい)有り 内に安定ひしめき星となり 星はやがて解放を(えい)ずる 自由の(うた)い星よ 真理の歪みを我に示せ』

 ビーカーの中で白い光がぼんやりとできあがった。

『クレスチェリー・ボルガ ほどけ偽り!』

 部屋自体が白く光ったように思えて、シシィは思わず目を閉じた。とてもじゃないが開けていられない。今まで作ってきた中で一番強い反応だったので、やはりこの魔術は初級とはいえ、もはや中級にレベルが近いのだろう。
 そっ、とシシィがつむっていた目を開けると、ビーカーの中には白い粉や調合物はなく、代わりに輝くほど白いチョークがその中に入っていた。
 このチョークが、必要不可欠なアイテムなのだ。
 ――モザイクを解く魔術は、これからだ。

「シシィさん」
「よしっ、がんばります!」

 机の上に置いておいた魔術書を左手に、その白いチョークは右手に持ってシシィは床にしゃがみこむ。

「……ルウスさん、これって後で消すことになると思います?」
「さぁ……だからって薄く書いちゃダメだと思いますけれどね」

 考えることはお見通しらしい。
 ふぅ、とため息をついて覚悟を決めたシシィは力強くチョークを握り、思い切って床に直接、真っ白い線をひいた。
 その白い線は、魔法陣を作るための1画目。
 一見すると小さな子供が落書きしているような感じなのだが、これは魔術書にちゃんと書かれているのだ。
 ――魔術が広範囲に及ぶ場合、魔法陣は地面に直に描くこと。
 魔術を解く対象が1つ、単体であるのであれば、それに直接描いたので構わないらしいのだが、残念なことにモザイクの魔術は中級から上級の魔術書全てにかかっている。
 つまり広範囲。
 なので、床に描くことを強いられた訳だ。

「えっと……ここはこれで」
「シシィさん、決められたところでないとチョークを床から離しちゃダメですよ」
「分かってます……よっ、と」

 魔法陣を描くには、色々と制約があるらしい。ロッドで描く場合は、ロッドが勝手に動いてくれるので構わないのだが、今回はこの白いチョークにこそモザイクを解く成分があるため、このチョークで手描きをしなければいけない。
 ――でも、意外と手描きって大変なんだよね…。
 何せ、線がぐにゃぐにゃ曲がってしまいそうになるし、円が楕円になってしまう。文字も魔術書に書いてある通りに細かいものを描き込まなければいけないし、ロッドがあることがどれだけありがたいのかを再認識させられるというものだ。

「シシィさん、離しちゃダメですって」
「あわっ、あ、危なかった!」

 途中何度か、離してはいけないところで離しそうになり、危うく初めから描き直しをするところだったが、何とか無事描き終え、シシィは満足げに手描きの魔法陣を見下ろした。だいたい直径2メートルくらいの大きさの魔法陣で、ヨロヨロな線。
 ――精進、あるのみ、という、ことで…。
 シシィは密かに目を逸らす。最初は誰だってこんなものだろう。

「……形には、なってると思いますよ」
「不安そうな顔はやめてください、ルウスさん。余計怖いじゃないですか」
「発動できれば問題はないんですよ」

 それが問題だというのに。
 魔法陣の描き方が違ったり、あまりにも線がヨロヨロで下手すぎると魔術は発動せずに失敗に終る。それは避けたい。
 ゴホン、と咳払いしてからシシィはロッドを手に取った。
 深く息を吸って。

『四辺を満たす不透明なる真実よ 今此れをもって透明となることを命ず』

 ロッドの先の石と魔法陣がオレンジ色に光る。オレンジはシシィの魔力の色だ。
 発動してほしい、とほとんど希望に近い思いで魔力を注いでいると、いきなり部屋中にパンッ、と手を打ったような音が聞こえて――魔法陣が消えた。
 部屋は静けさを取り戻す。

「……魔法陣、消えたんですけど……もしかして失敗ですか……?」
「シシィさん、本を見てみましょう」
「あ、は、はい」

 慌ててシシィは近くににあった本棚から、今まではモザイクがかかって読めなかった魔術書を引き抜いて、祈るような思いで中を開いた。
 文字は―――

「………読め、ません」

 失敗、した。
 やはり魔法陣が上手く働かなかったのだろう。シシィ自身も一度で出来ればいいに超したことはないと思っていたが、現実的な話としてそれは無理だろうと思っていたのだ。失敗を重ねて、成功すればいい。
 それでも落胆を隠し切れずに、ため息をつきながら本を元にあった場所に返すと、傍にいたルウスがその横の本を鼻先で示す。

「その横の本はどうですか?それも読めなかったでしょう」
「一緒だとは思うんですけど……」
 シシィがそう言いながら、その本を手にとって開いてみると。

「…………あれ?」

 読める、のだ。
 この魔術書は、読めるようになっている。

「ル、ルウスさん、これは読めるんですけど」
「失敗したのと、成功したものがあるんじゃないですか?」

 ルウスの言葉に頷きかけたが、シシィはあることに気がついて止めた。先ほどの読めなかったほうの魔術書を再び手にとって、2つを見比べてみる。
 ――もしかして。
 果てしなく嫌な予感に襲われながら、シシィは次々と本を確認していった。
 読めるもの、読めないもの。
 残念なことに、読めないものには共通のものがある。

「……上級の本だけ、読めません……」
「うわぁ……シシィさん、それは」
「おばあちゃん、でしょうね………」

 恐る恐る、シシィが『中級魔術の指南』という本の目次を開く。

「やっぱり……」

 ルウスの犬の変化を解く魔術は載っていないようなので、これでルウスの魔術は上級のものであるということが確認できた。
 問題なのはそれでなく。

「モザイク魔術の応用……」

 中級者向けのモザイク魔術が、目次の一番最後に書かれているということだ。
 つまり。

「上級者向けの魔術書には」
「中級モザイク魔術がかかってる……てことなんですね……。ルウスさん、泣きたいんで
すけれど」
「まぁ、良かったじゃないですか。結局魔法陣は消えて正解だったようですし」

 これでさらに、魔法陣の後片付けが待っていたとすれば、自分は本当に泣いていただろうなぁ、とぼんやり思いながら、シシィは憎い現実を書いてある魔術書とにらめっこをしたのであった。





◇◇◇◇◇◇◇◇





 ガーデンは相変わらず美しかった。
 ルビーブラッドから貰ったペンダントを使い、シシィは初めて自分から望んで夢の中のガーデンに立っていた。どういう仕組みになっているのかは謎なのだが、眠る前に『ガーデンに行きたい』と強く思うと来れるらしい。
 あたりをとりあえず探してはみたが(と言っても、探せる場所は狭いので限られている)、ルビーブラッドの姿はどこにもなかった。もしかすると、まだ彼は昼に眠って夜に起きているという生活を送っているために会えないのかもしれない。
 そもそも、彼がここを利用する頻度や時間帯がイマイチ分かっていないのだが。
 まぁ、どうにかなるだろう、という気分でシシィはガゼボの中のイスに座った。

「……夢の中の、ガーデンなんだ」

 咲いている花々を見て、シシィはそうつぶやく。
 ここに咲いている花は、現実のガーデンでは考えられないほど開花時期がバラバラだ。おそらく庭師などが見たら、腰を抜かすに違いない。
 現実ではありえないこと、だから夢。
 それでもシシィにとってここは、幼い頃に祖母が見せてくれた絵本の中の美しいガーデンだ。おそらくこの記憶が、シシィの中で一番古い記憶である。

「そういえば……」

『このいかにもなガーデンはお前の影響だろうが、夜空の流星群は俺の夢だ』

 夜空の流星群。
 この夢の風景に、何か意味はあるのだろうかとシシィは考える。
 話をするだけだったり、癒されたりしたいだけだったならば別に湖の風景でも山の風景でも海の風景でも、もっと言えばお城の中であったって構わないわけだ。
 なのに、現在いる場所は夜のガーデン。
 シシィとルビーブラッドの夢が混ざり合った風景。
 ――ルビーブラッドさんにとって、この夜空は特別なものなのかな…?
 終らない流星群。空がチカチカする。

「キレイ……」

 と、シシィが身動きをしたところ、足に何かが当たった。
 何だろう、と下を見るとそこには少し大きめな石がある。
 ここがガーデンである以上、石があってもおかしくはないのだが、シシィがいるガゼボの床は石畳であり、こんなにも大きな石が転がっているのは少し不自然だ。
 不思議に思いながら、シシィがイスに座ったままその石を拾おうとしたところ、以前会ったときにルビーブラッドが座っていた、もう1脚のイスの下に何かがあるのを視界の端に捉えた。

「……石がたくさん」

 結構な数がそこにあるようだったので、シシィはとりあえずイスから下りてしゃがみこみ、石を一つ手に取ってみた。意外にツルツルとしている。
 感触としては、不透明な灰色の宝石を触っているような感じだ。

「1、2………………19、20、21、22個」

 22個。ルビーブラッドが座っていたイスの下にあったということは、やはりルビーブラッドが集めたと考えてもいいだろう。そうでなければ、いかに夢の中といえども、石がこんなに1ヶ所に集まっているわけがない。
 ――でも、22個もよく石を集めたなぁ…。
 しかも、何のために集めたのか分からない。確かに不思議な手触りの石ではあるがこのためだけに彼が石を集めたとは想像しにくいものだ。あの大きな身体を縮こまらせて、石集めをしている姿は想像するだけで何だか微笑ましい。
 ――どれくらい前から、この石あったんだろ……。
 と、考えたところで、シシィは石を触る手を止めた。

「………」

 石は22個。
 ルビーブラッドが去っていったのは、約3週間前。
 ――1日、1個。拾っていたなら数が合う……。

『どうにもならなくなったらガーデンへ来い』

 そう言ったのは、彼だ。
 けれどシシィ自身は、あれから一度もガーデンに来ていない。今日、久しぶりに来ただけでルビーブラッドのことを呼びもしなかった。
 なのに。
 ――待って、た……?
 いつ来るか知れない自分を、ずっと。

「まさか……本当に待ってるなんて」

 待っているかもしれないとは思っていた。しかしそれは、シシィ自身希望や望みのようなものに近い思いであり、そんなことはないだろうという思いが根底にあった。
 ルビーブラッドという人物は忙しいから、という思いが。
 しかし、彼は待っていてくれていた。
 ――この3週間、彼はちゃんと睡眠を取ったのだろうか。
 不安になる。最初に彼自身が言っていた通り、この夢は浅い睡眠の時間を利用しているため、ここに長く居すぎると現実での身体の疲れがとれない。

「ああっ、どうしよう……!な、なんとか分かるような目印を……!」

 直接会うのを待っていたのでは遅い。彼がいつ眠るのかを知らないのだ。

「目印目印!」

 何か。元気になりました、大丈夫ですよ、と伝わるような。
 見渡しても見渡しても、ここがガーデンである以上花しかない。ある意味、花をテーブルに置いておけば何よりも気持ちは伝わるかもしれない、とシシィはガゼボから出て、花を摘むためガーデン内を歩いた。
 しかし花といっても、どんな花がいいのか。
 プランターに植えられた花、直蒔きされた花、色々見て回って、ひとつに花がシシィの目に留まる。

「なんだっけ……カン、カン……」

 悩むシシィの前には、草丈の短い、青紫色で筒状の小花がたくさん咲いている。

「カンパニュラ!」

 この花だ。
 シシィはそう確信して、花を摘む。
 ルビーブラッドがこの花の花言葉を知っているとは思えないが、それでも花をあのテーブルの上に置いておけば気持ちは伝わるだろう。
 シシィはガゼボへ戻り、摘んだ花をそっとテーブルの上に置いて微笑んだ。

「……ありがとうございます」

 ――ルビーブラッドさんの思いやりに、感謝します。