「メル君にはロンカ君、クランケ君、私の順番である男に関する証言を聞いて似顔絵を作成してもらい、そのあとライダン分隊長から話を聞いて傭兵の似顔絵を作成してもらいます。それらを終えたら私とともに今度はクォータン基地へ向かい、神父から賊の顔を聞きだす予定です。なにか質問は?」

 ――ある。めっちゃある。
 メイファルバ基地第1部隊勤務室にて、シェストレカ師団長に問われたシャルロアはもう少しで疑問を口にするところだった。
 なにせその命令は、シェストレカ師団長が下すにしては曖昧な部分がある。『ある男』に関する証言、という対象を詳細に告げないのがまずおかしいし、ロンカ、クランケ分隊長、シェストレカ師団長の三人から聞いて似顔絵を作る、というのもおかしな話だ。
 第4師団員が三人も『ある男』を目撃しているなら、証言者は一人で構わない。一般人と違って第4師団員たちは捜査の精鋭だ。似顔絵に使うための証言など要領よく告げられるだろう。
 だから証言者は一人――忙しさで言えば一等兵のロンカで構わないだろうに、上級士官であるクランケ分隊長とシェストレカ師団長からも聞き取りを行うことが決定している。ハッキリ言って、普通なら無駄だ。
 無駄だと思う、が、そんなことはシャルロアよりもシェストレカ師団長たちが一番わかっているはずなのだ。
 つまり一見無駄に聞こえるその聞き取りは、何か重要な意味があるのだろう。
 だからシェストレカ師団長が情報を伏せているのも意味があってのことだろうと思い、シャルロアは疑問を呑み込んだ。

「ありません」
「では、小会議室へ。ロンカ君が待っています」
「了解しました」

 指示通り第1部隊勤務室を後にして、小会議室へ向かった。
 扉を叩くと返答があり、中に入るとシェストレカ師団長が言っていたとおり、ロンカが待っていた。円卓の上には描画帳と鉛筆が用意されており、すぐにでも似顔絵を描ける準備ができている。

「おつかれー、メル」

 のんびりと椅子に座って手をあげるロンカに、シャルロアは軽く目礼した。

「お疲れさまです」
「師団長から聞いたと思うんだけど、これからバリバリ似顔絵描いてもらうよー」
「はい」

 一般人相手ではないので、緊張をほぐす手間がないぶん楽なように思えた。
 シャルロアはロンカの前にある椅子に座り、描画帳を開いて鉛筆を手に取る。
 そして息を吸うとともに、桃色の蝶を出現させてロンカの肩に止まらせた。

「では、ロンカさん。お話をお聞かせください」
「うん」

 ロンカが思い浮かべる情景とシャルロアの脳が、異能の蝶によってつながった。
 彼が思いだした光景は、騎警団内部の建物だ。おそらくここ、メイファルバ基地の廊下。勤務室の扉から光が漏れる程度の暗い中を、シェストレカ師団長とクランケ分隊長が歩いている。ロンカは彼らの後からついて行っていたのだろう。
 その視界が横にずれ、武器庫から出て来た男が見えたところで映像が止まった。
 ――対象はこの男か。
 シャルロアは鉛筆を握り直した。

「対象は男。年齢は20代後半。うーん、まずは顔の輪郭はねー、エレクトハみたいに細かったよ」

 ――は?
 シャルロアは、描くのを戸惑った。というよりも、ロンカの証言に混乱したというのが正しい。
 ――異能で見えてるの、どう見ても40歳前後の男なんだけど。
 顔の輪郭だってエレクトハのようにシュッとしているのではなく、どちらかと言えば四角っぽい感じだ。それに何より、第4師団員たる者が、男の特徴的な左の顔面を覆う大きな火傷痕を真っ先にあげないのがおかしい。

「メルー?わかりにくい?」

 一向に描きだそうとしないシャルロアを不審に思ったのか、ロンカが小首を傾げた。

「あ、いえ。騎警団員相手にするのは初めてなので、勝手が違って少々戸惑っただけです」

 そう言い訳して、とりあえずシャルロアは言われたとおりに描き始めた。

「目は一重で垂れ目がち。目の色は緑。眉毛も目と一緒で垂れ気味だった。鼻は低くて横に広がってる感じ。唇の厚さは平均的だったよ。髪の毛は短髪で色は銀。耳たぷがちょっと大きめなのが特徴」

 ロンカが証言するほど、似顔絵と蝶が伝える男の外見がかけ離れていく。映像の男は短い金髪で、目の色は赤く、吊り目気味。顔の堀りは深く、騎警団の制服の上からでもわかるほどに筋肉質で大柄な体格だ。全体的な雰囲気としては、どこか剣呑さを覚えるような感じがする。
 手は動かしているものの、シャルロアの混乱は極まった。
 犯罪者が記憶と違う証言をするのは理解できる。以前もそういうことがあったし、めずらしいことではないだろう。
 だが、第4師団員が記憶と違う証言をする理由がわからない。
 ――嘘をついてる?
 疑ってロンカの表情を探るが、嘘をついているふうにはどうしても見えなかった。もちろんロンカが嘘をつくのが上手くてシャルロアが見破れていない、ということもあるかもしれない。
 しかしそう考えても、結局のところ第4師団員が嘘をつく理由はなんなのか、という疑問に行きつくのだ。

「こんな感じで、どうですか?」
「うーん……なーんか違うなぁ」

 出来上がった似顔絵をロンカに見せると、反応は芳しくなかった。やはり記憶そのままに描けているわけではないので、いつもよりも似顔絵の精度が落ちる。

「あの、すみません。対象者の雰囲気とかって、覚えています?」

 雰囲気から記憶の方に似顔絵をできるだけ寄せられないかと思い、そう訊いてみると、ロンカは頷いてから――止まった。

「ロンカさん?」
「……あれ?僕、雰囲気は覚えてない……」

 蝶が伝える映像が動く。何度も何度も男が現れる場面が繰り返されるが、ロンカの眉根は寄り、口は閉ざされたままだ。

「すみません。話したわけでないのなら、雰囲気も何もあったもんじゃないですよね」
「いや。いや、違う。おかしい。第4師団員は一度見た顔はなんとなく覚えてるし、第一印象とか雰囲気も覚えてるのが普通」

 ――え。じゃあ、なんでロンカさん、覚えてないんだ?
 本人も困惑しているようだったが、すぐに頭を切り替えた。顔を上げて、シャルロアに向かって手を差し出してきた。

「とりあえず、その似顔絵をくれる?それ貰って、クランケ分隊長を呼んでくるから」
「あ、はい」

 ビリビリ、と頁を破って、シャルロアは似顔絵をロンカに渡した。彼はその絵をじっと見つめてから立ち上がり、シャルロアに「ちょっと待っててねー」と告げてから、部屋を後にした。
 しばらくして部屋にやって来たのは、予定通りクランケ分隊長だった。

「よろしく頼む」
「はい」

 シャルロアは一度立ち上がって出迎え、分隊長が座ったのを確認してから描画帳を開き直して座った。

「では開始する」
「はい」

 異能の蝶を分隊長の肩に止めさせる。
 伝わってきた光景は、ロンカが見ていた光景とそう変わらない。角度が違うだけだ。クランケ分隊長はロンカよりも先を歩いていたから、資料室から出て来た男の姿は斜めからの角度で見ることになった。
 ――金髪。赤い吊り目。同じ男だわ。

「対象者の性別は男。年齢は、18歳から20歳程度と思われる。身長は175センチ前後。髪の色は深い緑、瞳の色は青。二重でどちらかと言えば吊り目だった。肌の色は日に良く焼けていて、全体的に骨太だ。顔の輪郭は四角め。鷲鼻で、唇は薄かった」

 ――分隊長も?
 記憶と証言が違う。シャルロアは困惑を押し殺して、分隊長の言うとおりの似顔絵になるよう鉛筆を動かし続けたが、理解も納得もできなかった。
 どう考えても第4師団の一等兵と分隊長が記憶と違う証言をする意味がない。そう、彼らに意味がない以上これは――対象者に意味があるのではないか。
 つまりロンカとクランケ分隊長は正直に話しているが、彼らが見た赤目の騎警団員こそが証言を歪める何かをしているのではないか。
 ――変装?いや、物理的な変装なら私にも二人と同じ光景が届く。魔法?魔法で認識を歪めた?
 そうとしか考えられなかった。
 確証はない。なにせ、変装魔法を使った人間を見た記憶を覗いたことがないのだ。けれど現状、シャルロアが異能で覗いた記憶とロンカたちの証言が食い違っている以上、ロンカたちに何らかの認識障害魔法のようなものがかけられていると思われる。
 おそらく男の顔をきちんと見てはいるのだ。記憶と違う認識をしているのは、意識が歪まされているから、なのだろう。
 ――これ、ヤバくない……?
 騎警団員たちにかけられた認識障害。シャルロアにはお手上げだ。まさか魔女の異能で見た記憶と違うから、貴方たちには何らかの魔法がかけられていると思いますよ、だなんて言うわけにはいかない。
 できることは――彼らの違和感を煽ることだけだ。

「このような感じでしょうか?」

 描き上がった似顔絵を見せると、クランケ分隊長は眉根を寄せた。

「……何か違う」
「恐れ入りますが、対象者の雰囲気を覚えておられませんか?優しげだったとか、厳格そうだったとか」
「……いや。覚えていない」
「うーん……実はロンカさんも同じようなことをおっしゃられていたんですよね」
「らしいな」

 ロンカ自身もおかしい、と思ったことだったのだろう。それはすでにクランケ分隊長に伝えられているようだった。
 ――……これは、余計なことは言わない方がいいな。
 さすがにシャルロアも学んだのである。第4師団員の勘は鋭い。わずかなきっかけさえあれば、彼らは見事な手腕で捜査を進めていく。下手に思考を誘導しようと考えると、わが身が危ない。

「もう少し、細かく描き直してみましょう」
「いや……。とりあえずその絵をくれ。似顔絵を煮詰めるよりもまず、師団長の証言も訊いてみてほしい」
「了解しました」

 やはりクランケ分隊長自身も、何か違和感を感じているのだろう。証言することを早々に切り上げ、彼は似顔絵を手にして部屋を出て行った。





********





「対象者の雰囲気などは、覚えていらっしゃいますか?」
「……いいえ。覚えていませんね」

 シャルロア・メルの質問に応え、シェストレカは記憶を探ったが、自分でも呆れるほどに男の印象や雰囲気をまったく覚えていなかった。
 ――面倒なことになった。
 神父をクォータン基地へ連れて行くと、クランケ分隊長から緊急連絡があったと部隊員より聞かされた。村を訪れた結果、自警団長が薬物の多量摂取で死んでいたことがわかったのだと言う。
 神父のことはとりあえず後回しにして、シェストレカはメイファルバ基地へと戻った。
 クランケ分隊長たちと合流したときには、村人たちの証言からするに、昨夜の九時ごろまでは生きているのが確認されているとのことなので、死んだ――否、殺されたのはそれ以降から明け方までの時間帯だろうことまでわかっていた。
 これが偶然の自死だと考えるほど、シェストレカたちは平和ボケしていない。
 確実に、シェストレカたちがメイファルバ基地へ来たからこそ自警団長は殺されたのだ。
 ――セハンヘナクトに絡んでいるとは思っていましたが、どっぷり浸かっているとまでは考えませんでしたよ。
 せいぜいが薬の使用者程度だと思っていた。なのにふたを開けてみれば、生産者の顔を知っていたのだと思い知らされる殺され方をしたのだ。思った以上に重要人物だったのは手痛い。
 そうだと気づいていれば、シェストレカ自らがここに来ることはしなかった。副部隊長以上しか着られぬ白い制服は、目立ちすぎるからだ。
 だがそれでもシェストレカたち――第4師団員が来たことを知る者は昨日の時点で限られている。メイファルバ基地総部隊長と副部隊長、それから第1部隊長と第2部隊長に、転移係員二名、最後に――資料室から出てきて「お疲れさまです」と声をかけてきた部隊員だ。
 ある意味では、これは好機であった。第4師団員が基地を訪れたことを知る者が少ないからこそ、ネズミを特定することができる。
 その中で真っ先に内通者候補ではないとして撥ねたのは第1部隊長、クランケ部隊長だ。昨夜話し合った様子からするに、彼がネズミだとは思えなかった。シェストレカがそう述べると、部下二人も同意した。
 そうやってクランケ分隊長やロンカとすり合わせた結果、一番怪しい人物は資料室から出て来た部隊員だ、ということになった。
 なにせ、三人が三人とも全く違う人物を指しているかのように、男に関する証言が合わなかったのだ。
 ロンカは銀髪だと言うし、クランケ分隊長は深い緑色の髪だと言う。シェストレカ自身は、赤髪だと思っていた。
 とりあえずメイファルバ基地の似顔絵捜査員を借りて、それぞれの証言をもとに似顔絵を作成してみたはいいものの、すぐにそれは無駄であったことがわかった。
 メイファルバ基地の各部隊長に似顔絵を見せたが、三枚とも該当する人物がいなかった。
 それが何を意味するか、考えないわけにはいかない。
 該当する人物がいなかった、ということは――あの男は外部から侵入したのだ。
 そうと考えなければつじつまが合わなくなる。内部の人間であれば、似顔絵を描かれて該当者なしとなるのはおかしい。変装魔法を日常的に使って素顔を隠していたとしても、どこかで必ず綻びが出るだろう。変装魔法を使っていた場合、シェストレカたちが見たものから察するに、男を見た人間は全員特徴の違う顔を見ることになる。同じ人物を指しておきながら、別人のような顔立ちを語られれば、第4師団員でなくとも異常に気付く。
 考えれば考えるほどに、あの男は一般的な変装魔法ではない変装魔法を使った侵入者だったとしかシェストレカには考えられない。
 ――長期潜入には向いていない魔法ですね。顔を覚えられないための、超短期潜入用のものか?
 新種の魔法か、あるいは秘伝魔法か。いずれにせよ、騎警団施設の防衛を突破するほどの脅威であるのは間違いなかった。

「申し訳ありません。お呼びいただいたのに、お力になれず……」
「いえ、メル君。君はよくやってくれました」

 証言者がピンとこない似顔絵を三枚も描いたからか、メルは悔しげに目を伏せていた。
 しかし似顔絵があまり記憶を刺激しないのは、先に別の部隊員に描かせた過程でわかってはいた。その理由がいまいちわからず、あるいはシャルロア・メルならば記憶を刺激する似顔絵を描けるかもしれない、と思って呼び寄せたが、彼女は思わぬところからその答えをシェストレカたちに提示した。
 雰囲気、だ。
 シェストレカやクランケたちは、あの男の印象や雰囲気をまるで覚えていなかった。
 それに気づくと、今度は証言した特徴に自信が持てなくなった。
 シェストレカは人の顔を覚えるときは、印象や雰囲気とともに覚えるようにしている。
 例えばシェストレカがメルを語るのであれば、冷えた銀のナイフのような瞳を持つ冷静沈着な少女、と語る。ファルガ・イザラント相手に冷静さと鋭さを保って話すその瞳こそが、シャルロア・メルの特徴だと思っているからだ。
 だがあの男を見たとき、自分は本当に赤髪だったと印象付けながら覚えただろうか。それに対する答えは否、だった。
 燃えるような、あるいは落ち葉のような、と例えられるような印象を持っていないのに、何故あの男の髪色が赤だと思ったのか、自分でもわからない。
 だがこの違和感は、見たことのない魔法を見破るのに使える。気づけたのは間違いなく、メルの似顔絵に対するこだわりがあったからだ。
 ――アートレート君から聞いてはいましたが、彼女は本当に対象者の雰囲気を絵に落とし込むようですね。
 だから今回描かれた絵は、精度が落ちたのだろう。
 しかしそれならば、次の仕事では大いにその特技が発揮されるに違いない。

「連続になって申し訳ありませんが、ライダン分隊長を連れて来ます。彼からある傭兵の顔を聞いて似顔絵にしてください」
「了解しました」
「そちらの似顔絵はいただいて行きます」

 メルから似顔絵を受け取り、シェストレカは小会議室を後にした。
 途中、第1部隊勤務室に寄って、ライダン分隊長――件の自警団長をリャランへ向かわせた人物――に小会議室へ向かうよう伝えてから、旧武器保管庫に足を運んだ。
 部屋の中には窓はなく、もう使われていない武器がみっしりと詰め込まれている。時代遅れの武器を保管している理由は、有事の際に鉄が足りなくなったとき、これらを熔かして使用するためである。
 と言っても、それをやる段階になったら負け戦をしているときだ。この武器が鉄にならないことを祈る。
 鉄臭い部屋で待っていたのは、クランケ分隊長とロンカの二人だった。

「どうでしたか」

 クランケ分隊長の問いかけに、シェストレカは苦い笑みを浮かべた。

「君たちの言うとおり、もの見事に雰囲気や印象を語れませんでしたよ。進化しない魔法はないのだと、こうまでして思い知らされるとはね」

 結果的に、あの男は第4師団員三人の目を眩ませ、捕らえられることなく外へ逃げてしまった。これを屈辱と言わずして、何と言うのか。

「メルが気づかなかったら、僕もおかしいと思わなかったかもしれません」

 ロンカの言葉に、シェストレカも頷いた。おそらく自分も気づかなかっただろう。メルから問われ、違和感に気づいたロンカが報告してきたことで自分もハッとしたのだ。

「案外メルは、捜査に向いてる人間かもしれないですねぇ」

 軽口をたたくロンカだが、シェストレカはため息をついた。

「今更第2へ持っていかれるなら、捜査能力は見なかったことにしますよ」
「うちには引き抜けないんですか?」
「彼女は第4へ入れる資格を有していない。普段の振る舞いからわかるだろう。戦闘に向いていない。現場に放り込んで死ぬだけならまだ有能なほうだ。足手まといになって分隊全滅もありえる」

 きっぱりと断言するクランケ分隊長に、シェストレカも同意せざるを得ない。
 ――第5師団員の経過報告の場を覗き見た、と言うくらいだから身体能力にも期待があったんですけれどね。普段の体運びなんかを見る限り、護身術が使える程度を抜けないというのはどういうことなんでしょうか。
 実際に彼女をその目で確認したファルガ・イザラントの慧眼を信頼し、第4師団員としてではなく第6師団員として引き抜いたわけであるが、今となってはその判断がこれ以上なく正しかったと思う。
 ――身体能力に光るものがない、とすると俄然怪しいのは魔法の方ですね。
 彼女の祖先に魔法使いがいたのは知っている。義務教育を受ける前に必ず受ける魔力測定検査の時点で、容器(クラ)が空っぽだったことも調べがついている。その理由は両親によれば、彼女が幼少時、母親が目を離したすきに祖先が残した魔法書に誤って触ってしまい、容器(クラ)を空っぽにするほどの強大な魔法を加護魔法(パッケージ)にしてしまったのだと言う。
 そういった事故による加護魔法(パッケージ)決定は、よくあることではないがめずらしいことでもない。
 シェストレカが気になるのは、彼女が覚えた魔法のことだ。
 ――魔法使いだった祖先が残した魔法書に触ったのなら、それが秘伝魔法だった可能性は十分ある……。
 そしてそれが、第5師団員の任務を覗き見ることができた力なのではないか、とシェストレカは推測している。この推測が当たっているならば、シェストレカはクランケ分隊長への同意を取り消す。その魔法を持っている、それだけで彼女は第4師団員として扱える戦力を持つ。
 何せ前例はある。ジレニアは第4師団員としては弱い師団員だが、類稀なる幸運と鋭い観察力で戦力を補っているのだ。
 だからシャルロア・メルの魔法を当て込んで第4師団員にすることは実に容易いが――すると今度はその秘伝魔法の存在が壁となる。
 秘伝魔法、とは非常に難しい魔法だ。使用する際のことではない。魔法を維持する条件が難しい。
 一般的に秘伝魔法は強力な魔法であることが多いが、そういった場合必ず何かしらの条件が課されている。例えば、24時間に一度しか使ってはならない、使うところを見られてはいけない、それは秘伝魔法かと訊ねられてはいけない、など魔法配置(パスラ)して使うにはかなりの覚悟を強いられる。条件を破ると、大抵の秘伝魔法は強大な力を失うというのだから、そういった危険も負わなけばならない。
 早い話、高性能だが維持しにくい魔法なのだ。
 そしてメルが持つ魔法が秘伝魔法だったとして、他人に秘伝魔法かと訊ねられてはいけない、といった類の条件だと困る。彼女を第4師団員にするならば、彼女が第4師団員として足る証拠を明確にする必要があるからだ。
 戦闘力のないメルを他の第4師団員たちに仲間と認めさせるには、捜査に役立つ秘伝魔法の存在を明かさせるしかない。だが明かさせた場合、秘伝魔法を失わせることになるかもしれない。
 つまりメルを第4師団員にしようとすると、本末転倒なのだ。
 ――イザラント君なら、無神経に突っ込んで訊けそうですけれど……さすがに加護魔法(パッケージ)なのかもしれない秘伝魔法について訊ねさせるのは良心が痛みますし。
 他人にも異様に厳しいあの男は、切り札である秘伝魔法の維持条件を守り抜けないのならば端から持つ資格なし、と割り切るだろう。秘伝魔法を持っていると悟られる方が悪いのだ、と言い切るに違いない。
 シェストレカもおおむね、その意見には賛成だ。
 ただしそれが加護魔法(パッケージ)でないのならば、という前提付きだが。
 秘伝魔法を加護魔法(パッケージ)とした場合、条件を破ってしまった結果秘伝魔法が使えなくなるかどうか、シェストレカは知らないのだ。最悪の可能性を考えると、秘伝魔法を失ったあげく、空になった容器(クラ)は満たされないままかもしれない。
 敵相手ならば容赦なく条件を破らせるが、さすがに味方、それも部下相手にそれをやるのは悪手すぎる。部下の魔法を確認するためだけに、部下の有用らしい魔法を失う可能性がある行動はしたくない。
 それにオルヴィア王国では自分が魔法配置(パスラ)した魔法を国に報告する義務はないので、持っている魔法を明かせと命じても土台無理な命令なのだ。むしろ、魔法配置(パスラ)した魔法を秘密にすることを認める法律がある。
 騎警団員にだってもれなくその法律は適用されており、有事の際は上官の作戦に必要な魔法を持っている者が名乗りを上げる、と言う程度の情報共有で許される。シェストレカだって、第4師団員たちが魔法配置(パスラ)している魔法なんて知らないし、自身が持っている魔法も明かしていない。
 これは歴史的観点と国民性から鑑みて、内乱を警戒して国民の魔法を管理するより、戦争を警戒して敵に味方の魔法を漏らす恐れがないように法律が進んだ結果だ。最初から味方の魔法を知らなければ、捕虜になった際でも情報を吐かずに済む。
 正直、指揮する立場としては部下の魔法くらい把握しておきたい気持ちはあるが、そういう方面へ法律や文化が歩まなかったのだから仕方ない。
 そう、仕方ないのだ。シャルロア・メルのことも。
 第4師団員として引き抜けないなら、第4師団の事務員でいてくれた方がいい。
 はぁ、とシェストレカはため息をついた。

「せめてメル君にジレニア君並の戦闘力があれば考えたかもしれませんが、争いを回避する傾向を見るに第4師団員向きの性格ではないでしょうし、現時点で入れる利点はないですね」
「え、第4師団員になるのに向いてる性格ってあるんですか?」

 目を丸くして尋ねるロンカに、上官二人は呆れた目を向けた。

「あるに決まっているでしょう?」
「優しい人間はまず無理だな」
「えぇー?それだと僕が優しさのない人間みたいじゃないですかぁ」
「優しい性格だと、まず人を傷つけられない。お前は人を斬れるだろう」
「だって命かかってるんですよ?僕だけじゃなくて、味方とか国民とかの命も。そりゃあ斬りますよぉ」

 ロンカの得意武器は剣である。武官を代々輩出するシェイ家特有の抜剣術を使い、誰よりも早く敵を斬る。
 純粋な剣術の腕前ではクランケ分隊長の方が勝つが、実戦形式の試合であれば分隊長を相手でも勝ち残ることがあるのがロンカという男だ。
 なにせ彼の場合、剣を抜いたその一手が攻撃となる。しかも抜剣する速度が尋常ではないほど速い。第4師団員ですら気を抜いていると、いつのまにか剣を抜かれていた、となる状況があるのだ。
 そんな物騒な剣術を使う男が優しいなど、冗談でも笑えない。

「本能で殺されるかもしれないと危機を感じても、理性で人を殺す嫌悪を抑え込めるかどうかは別です。戦場でも人を殺せず死んでいった人間は多かったですから」

 優しいだけでは厳しい任務を生き残れない。優しさと同じだけの冷徹さを持っていなければ、第4師団員は務まらない。

「話を戻します。とりあえず、疑わしき男の素顔は誰も見ていないと考えていいでしょう。男を追うよりも、基地に侵入させない対策を考えた方が賢明です。雰囲気や印象を覚えられない部隊員を見たら警戒するように、総部隊長や部隊長級に警告を」
「はい」
「メルの方はどうなってるでしょうねぇ」

 ロンカの問いに、シェストレカはため息をついた。
 この事件が面倒になったのは、様々な問題が重なったからである。

「まさかライダン分隊長の知っている傭兵とリャラン自警団長が違う男だったとは……」

 盲点だった。
 ライダン分隊長とは、件の元傭兵をリャラン自警団長に推した分隊長である。自警団長が死んだため、念のため遺体の確認をしてもらいたい、とクランケ部隊長に要請したところ、その名を教えてもらうことが出来た。
 遺体確認のため、遺体安置所へやってきた彼は、自警団長の顔を見て真っ青になって告げた。
 こんな男、知らないと。
 では元傭兵がリャランへ行った経緯は狂言だったのか、と思えばライダン分隊長は経緯自体には覚えがあったのである。
 彼は確かに、戦場で世話になった傭兵の腕と確かな人柄を見込み、自警団員不足で悩んでいると漏れ聞いたリャランへの移住を勧めたそうだ。
 だがそう勧めたのはあくまでも自分が知っている傭兵の男であって、殺されたこの男相手ではなかったと言う。
 自分は誰とも知らぬ――犯罪者を、みすみす平和な村へ導いたのか。
 リャランに関するロンカの報告書を読んだライダン分隊長は、罪悪感で殺されそうな表情でそうつぶやいた。

「あの様子から察するに、ライダン分隊長はネズミではないでしょう」
「同意します」
「同じく」

 部下二人の同意を聞きながら、シェストレカは自分がほとほと嫌になった。
 あの苦しげな後悔の念を見ながら、彼が内通者であるかどうかを探っていたのだ。ひとでなしにも程がある、とは思うが疑うのが仕事である以上は仕方がない。

「ただ、ライダン分隊長の知り合いであった傭兵と殺された男が顔見知りだった、という可能性もあります。知り合いの傭兵がライダン分隊長と接触して推薦状を手に入れ、それを自警団長に流したとも考えられますし」

 その傭兵と接触するために、ライダン分隊長から聞き取りを行っているのだ。その傭兵が幻ではない限り、メルの特技が活かされるだろう。
 ――しかし、異常事態が多くて嫌な事件だ。
 ずっと気になっていた。
 フェンナーの件でリャランを訪れたはずの第2部隊員たちは、村の異常を見過ごしていたことになる。報告書によれば、村に異常はなかったという。
 村の男たちが薬漬けになったのは、フェンナーが出て行った後からなのかもしれない。けれど、フェンナーが去るまでに村の退廃的な雰囲気は進んでいた。それに騎警団員が気づかなかったのは何故なのか。
 ――切られた尻尾を掴まされた気分ですね。
 不快とも言える不気味な感覚に、シェストレカはほんのわずかに眉根を寄せた。












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