※グロ表現有り。ご注意ください。


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 東棟1階に食堂や医務室があるのは、第3師団の勤務室が小さく済んでいるからである。消火活動のために都内に仮拠点を持つ第3師団は、2分隊と師団長しか本部に詰めていないので、他の師団に比べて小さな部屋で仕事をしても不都合はないらしい。
 ――私は今、不都合がありまくりだけどね!
 食堂はシェストレカ師団長が言う通り、開いていた。しかし朝食にはまだ早い時間帯だからなのか、人の入りはまばらである。そんなところに『雷鳴獅子』が登場したのだから、食堂の視線は嫌でも彼と、それに付随するシャルロアに向いた。
 ファルガ・イザラントはそんな視線には慣れているのか、突き刺さるような視線を無視して注文台でさっさと朝食を受け取った。そこで彼女には『雷鳴獅子』と別々に食事をとることも選択肢にあったのだが、それが選ばれることはなかった。同じように朝食を受け取って、彼からそっと離れようとした途端、わずかに振り向いた視線が『何やってんだてめぇ、さっさと俺の対面に座りやがれ』と脅していたからだ。彼の前に座ったのは生を望む本能として間違ってない。
 周りからは好奇の視線、目の前には威圧感溢れる獅子、と非常に居心地の悪い朝食となったが、騎警団の食事は美味しかった。丸パンと、野菜の盛り合わせと、焼き魚と、カルのスープ。どれも士官学校で食べたことのある献立のはずだが、味が格段に違う。

「士官学校の飯より美味ぇだろ」

 ぐるぐると愉快気に『雷鳴獅子』が嗤う。
 ファルガ・イザラントは士官学校に入学せず、新兵から叩き上げで現在の地位まで上り詰めた。そんな彼が士官学校の食事を語る、と言うことは、やはり騎警団内で士官学校の食事の微妙さは語り草であるのだろう。
 シャルロアが苦々しい表情を浮かべると、ファルガ・イザラントはにやりと嗤う。

「師団長もそういう顔してたぜ。よっぽどらしいな」
「いや、おいしくないわけではないんです。とてもおいしいと言い難いだけで」

 ある意味あの味の釣り合いを保つ士官学校食堂は、すごいのではないだろうか。どんな献立でもそこそこ、としか言えぬ味わいなのだから。
 シャルロアはふかふかしたパンをちぎって、口に入れた。

「師団の食事はこんなにおいしいんですね」
「食い物は団の士気に関わるからな。戦時中ならいざ知らず、周りが平和な中クソ忙しいっつうのに、毎日毎日マズイもん食わされてみろ。まずうちの師団員が暴動起こすぞ」

 それの筆頭は、目の前の男ではないだろうか。拳銃片手に調理場に乗りこむ姿が目に浮かぶ。阿鼻叫喚の調理場。そこで作られた食事を食べるとか、絶対にご遠慮願いたい。
 ――それにしても、献立は1種類しかないのかな?
 注文台に出向けば、有無を言わさずファルガ・イザラントと同じ朝食を渡された。彼が先に頼んでおいたのだろうか、とも思ったのだが、食堂内を見る限り食べているものは皆一緒であるようだ。
 ただし量は違う。シャルロアも量をどうするか尋ねられたので、とりあえず並を注文したが、ファルガ・イザラントの皿にはこんもりと野菜やパンが乗っている。おそらく大盛りだろう。
 他の団員たちの皿もそれぞれ量が違うので、量だけどうするか決められる、といったところだろうか。
 キョロキョロする彼女に気付いたのか、ファルガ・イザラントは目を眇めて小首を傾げた。

「何だ、鼠みてぇな動きしやがって」
「ねず……いや、騎警団食堂の献立は1種類なんですね。士官学校は3種類くらいある献立から好きな物を選んでいたので、不思議な感じがします」
「あぁ、そりゃ心理効果を狙ってんだ」
「はい?」

 食堂で聞くにはおよそ似つかわしくない言葉が飛び出してきた。

「同じものを食うと、味についての感想が言い合えるだろ。言い合えるっつうのは会話に繋がる。するとよっぽど気が合わねぇ限りは好感度が上がるから、団員の結束が固くなんだよ。ことわざにもあるだろ、『別皿の食事をとる家族より、同じ鍋のスープを飲む仲』って」
「あー……」

 なるほど、とシャルロアは納得した。要するに常から帰属意識を向上させることで、戦時の連携を上げさせようと言う魂胆であるわけだ。
 対面の『雷鳴獅子』がゴロゴロと喉を鳴らして嗤い、囁いた。

「つうわけで、俺への好感度も上がっただろ?嫁に来いよ」
「うっわぁ、心理効果を明かされてからの求婚ってすっごい心に響きませんね……!」

 言っていることが男前なファルガ・イザラントだが、ここまで乙女心をくすぐりもしないのはある意味すごい。口説かれている気にすらならないのは、どういった技術なのだろうか。
 ――やっぱりこの人、私のこと好きでもなんでもないんじゃないかな。
 色めいたものは感じる。けれどそれは、士官学校の男子生徒と違う大人の男の色気なのだと指摘されれば、それはそうかもと納得してしまえるような類のものだった。
 おかげでシャルロアの耳には相変わらず「嫁(秘密を暴かれ)に来いよ」なんて言ってるんじゃないか、という少々被害妄想的な幻聴が聞こえてきてならない。
 密かにため息をついて、スープの最後の一口を飲んだ。
 そこでふと、ファルガ・イザラントの盆に、シャルロアにはない皿を見つけた。
 濃い茶色の、皿を揺らせばふるりと震える山形のそれは、ココプルムという女子に人気のほろ苦甘い菓子だ。シャルロアもまぁまぁ好きである。
 ――あれ、でも私のにはないのに。
 付け忘れられたのか、と思っていると、食事を終えたファルガ・イザラントが彼女の視線の行方に気付いた。

「食後の甘味は別料金なんだよ」
「あ、そうなんですか」

 騎警団の食事は、食堂でいちいち代金を支払わず、基本的には給料から天引きされるらしい。外の店で食事をしても天引きは変わらないので、大体の団員が食堂で食事を済ませるそうだ。おそらくシャルロアもそうなるだろう。
 ――おいしい騎警団の食事だから食後の甘味もおいしいに違いない、今からでも買ってこようかな。けど面倒だからいいかなー。にしても副師団長、ココプルム食べるんだ……あれ、ちょっとかわいいぞ?いやいやいや、血迷うな!このガツガツ肉食系がかわいいなんて幻想だ!
 シャルロアが難しい顔で色々と迷っていると、ファルガ・イザラントはふるりと震える菓子にスプーンで一口掬う。
 そしてそれをシャルロアの前に差し出した。
 ――へ?
 ぽかん、と彼を見つめると、にやにやした笑みが返ってきた。

「……何やってるんですか?」
「あ?物欲しげな目で見てたじゃねぇか。遠慮せず食え」

 いや。いやいや。シャルロアは頬をヒクヒクと引きつらせながら首を横に振る。
 鳥にパンくずをやる、みたいなノリで言われたが、これは俗に言う「あーん」である。病人でもなければ恋人でもないのに、公衆の面前でやってたまるかというものだ。

「いえ食べないですしいらないですし仮に食べるとしても新たに買いに行くに決まってるじゃないですか食べないですよそもそも副師団長が食べたくて買ったんでしょう」
「勤務時間外だ。まぁ、食えよ」

 スプーンを近づけられた分、シャルロアはのけ反った。

「副師団長、新人虐めは良くないと思います」
「あー?虐めてねぇだろ、可愛がってやってんだ。あと勤務時間外な」

 そうは言っても、口元に非常にあくどい笑みを浮かべているので、信憑性が皆無だ。周りの団員が助けてくれないだろうか、と食堂見渡したが、一様に視線を逸らされた。さもありなん。シャルロアだって絶対にそうする。
 ――でもおかしい。行為自体は甘いのに、雰囲気に甘さの欠片も無いよ!
 しばし、にやにやしながらスプーンを差し出してくるファルガ・イザラントから逃げるように背を反らし続けていたが、ふと彼の焼けた金の瞳が険呑に染まった。

「ふぉっ!?」

 思わず固まった、が、シャルロアはすぐに緊張を解いた。彼の視線はシャルロアではなくその後方、食堂の入口にあることに気付いたからだ。
 しかし気付いても、心臓に悪いことには変わらない。つい先ほどまで満腹でじゃれていると思っていた獅子が、空腹を覚えて獲物を狙いすましたようなうすら寒さがある。
 ファルガ・イザラントは食堂の入口を見据えたまま、プルムが乗った皿をシャルロアに寄こした。

「先に戻る。これは食っとけ。戻ってきたら勤務記録機押しとけよ」

 そう言って立ち上がる彼に、シャルロアは目を丸くした。

「え、本当に食べないんですか?食べたいから買ったんでしょうに」
「こんな甘ったるいもん、最初からてめぇにやるつもりだったに決まってんだろうが」

 ぽかん、と口を開ける。
 ファルガ・イザラントは険呑な気配はそのままに、口元を緩ませた。

「早いところ俺に餌付けされちまえ」





********





 ファルガ・イザラントの背中を見送ってから3分後。
 プルムを食べたシャルロアは食器を返却して、第4師団勤務室に戻った。
 退室したときには床に転がる団員と師団長くらいしかいなかったはずなのだが、今は床に転がった団員はおらず、先ほど見なかった団員も数名いる。勤務記録機を押しながら様子をそっと窺えば、彼らは皆、師団長の机の前に集まり、硬い顔をしていた。
 否、集まった者たちの中でただ1人、ファルガ・イザラントだけは淡々と手に持っている資料を読みこんでいた。
 机の主であるシェストレカは、机の上の通信機を睨むようにして誰かと話している。

「――わかりました。この事件は第4師団が引き取りましょう。領民や報道機関への事件詳細は選別して流しなさい。こちらからは……第4師団副師団長を送ります」

 ちらりとシェストレカが緑の瞳を向けると、手元の資料から視線を外した金の瞳が細まって宙で絡む。それが了解の合図であったらしい。シェストレカがファルガ・イザラントに通信機を渡すと、彼は机に手をついて宙を睨んだ。

もしもし(ダー)。第4師団副師団長ファルガ・イザラントだ。確認だが、1件目の被害者はアルトメント地区で発見されたんだな?……野良、首輪付き、どちらでも問わない、近辺の犬猫が殺されてないか調べておけ」

 ――事件があったのか。
 先に戻ったファルガ・イザラントの様子からして何かあったに違いないとは思ったが、わざわざ副師団長を遣わせるほどの事件が起こったらしい。
 暇潰しに読んだ地図の記憶を辿るに、アルトメント地区は王都から南東に位置するデバイドウォーネ領にある港町郊外の場所だったはずだ。その港町自体は先の戦争で激しく疲労し、寂れてしまったと聞いている。
 そんな町の郊外だから――第4師団向きの事件が起きたのか。
 ファルガ・イザラントが通信を切ると、室内に緊張が走った。

「レッティス。お前んとこからエレクトハを寄こせ」
「うぇっ」
「了解」

 うぇっ、と奇妙な悲鳴を上げたのは、金髪碧眼の、舞台俳優にでもなった方が良かったのでは、と思うほどに顔立ちが整った男だった。しかし、女子供に好かれそうな甘い顔は現在明らかに『貧乏くじを引いた』と言わんばかりに歪められており、彼を見る周りも団員たちも気の毒そうな表情を浮かべていた。
 対して了解と告げたのは胸に赤星(せきせい)紋章をつけた黒髪短髪の、青い瞳に生真面目さが宿る男だった。3赤星紋章は分隊長がつけるものなので、レッティスと呼ばれた男は分隊長なのだろう。彼は今にも倒れそうになっている金髪の男、エレクトハの背をバシッと叩いた。

「御指名だ、行け。骨は事件が終わったら拾いに行ってやる」
「分隊長っ、僕を生け贄にしないでくださいっ!かわいい部下じゃないですか!」
「うっせぇ。かわいくねぇ」

 涙目で縋る部下に、分隊長は冷え切った声音で返した。が、部下の方も負けていない。

「やだっ、すっげぇやだ!見てくださいよ、イザラント副師団長すっげぇ殺気立ってんじゃないですか!あれ、暴走する前兆じゃないですか!」
「あぁん?おいエレクトハ、俺の指名を拒否するつもりか?命令違反で団法会議にかけんぞ」
「エレクトハ君。ごねるようなら脱走兵扱いで団法会議行きですよ」

 団法会議とは騎警団内で行われる裁判のことである。
 何が酷いって、師団長の提案が副師団長のそれよりも悪化しているということだ。命令違反で団法会議にかけられるより、脱走兵として団法会議にかけられる方が罪が重くなる。シャルロアは彼の一言で悟った。間違いなく、この第4師団で一番逆らってはいけない人物は師団長であると。
 その証拠に団員たちは誰も師団長に視線を向けてないのだ。生真面目そうなレッティス分隊長でさえも。

「酷い!僕、脱走のだもしてないっつうのに!せめて誰かもう1人連れてってくださいよ、副師団長!」

 その言葉に、今まで気の毒そうな表情を浮かべていた周りの団員たちが態度を翻した。

「あっ、くそエレクトハよけいなこと言いやがって!」
「てめぇ1人で犠牲になりやがれ、ボケ!」
「道連れにすんな!男なら孤独に死を選べ!」
「僕1人だけ生け贄とか絶対やだー!何が何でももう1人道連れにしてやるぅー!」

 怒号、である。しかも割合醜い部類の。
 普通は副師団長と仕事が出来る、ということになったら光栄に思うことではないのだろうか。なのに何故この師団、犠牲だとか道連れだとか物騒な単語が舞っているのだろう。
 その答えは誰に問わずともわかっていた。
 ――『雷鳴獅子』だもんね。
 それで納得してしまえるほどには、シャルロアも彼の暴れっぷりの片鱗を見ている。戦意喪失している学校長の肩に氷柱を蹴りこんだくらいだから、きっと過去にもっとすごいことをしでかしているに違いない。
 つくづく事務で良かった、と安心していると、ファルガ・イザラントが怒号の隙間を縫って口を開いた。

「そうだな、もう1人連れて行く」

 ぴた、と怒号が止んだ後、今度は阿鼻叫喚が始まった。

「だぁぁぁっ!クッソエレクトハ!てんめぇのせいで!」
「俺絶対ぇ選ばれたくねぇぇぇっ!前の捕り物で肋骨折ってんだぞ!?」
「うわぁぁぁっ、悪夢が!副師団長を押さえたときの悪夢が!」
「俺、今持ってる事件で手いっぱいなんで!」
「きったねぇぞクソてめぇ!」
「師団長。メルを借りるぜ」
「あぁああぁぁっ!俺寝不足なんだから勘弁……」
「……は?」
「え?」

 叫びが止む。
 シャルロアも呆然として、ファルガ・イザラントの背中を見つめた。
 今、彼は、何と言った?

「……メル君をですか。一応事務員を連れて行くのは何故か、と伺いましょう」

 シェストレカ師団長は小首を傾げ、アゴを撫でた。けれど彼の目には疑問の欠片などなく、ファルガ・イザラントに尋ねたのはあくまで確認のため、という意味合いが強そうだ。
 ファルガ・イザラントは首を鳴らして、机上の通信機を睨んだ。

「今回は、目撃者がいるはずだ。速やかに似顔絵作成してもらいたいのと……」
「と?」

 ファルガ・イザラントが振り向く。
 それに従い、師団長の机周りにいる団員たちも彼女に注目した。
 けれど、そんな無数の視線よりも。
 たった一対の金色の瞳が強烈に、シャルロアを射抜いた。

「うちに早く慣れてもらわねぇとな」

 それは、上官の目だった。
 新しく来た部下が使いものになるか潰れるか、そういうことを量っている目。シャルロアを引き抜いたのは彼だが、使いものにならないと判断されれば呆気なく放りだされるだろう。そう確信出来るほどの冷徹さを感じた。
 ――無能はいらない。
 遠回しではなく、率直にそう言われているのだ。

「よろしい」

 シェストレカは笑って許可した。けれど彼の目もまた、冷徹だった。

「メル君。君も事件現場に同行しなさい」
「……はい」

 ここで怯えを見せて、無能と認定されるわけにはいかない。心から望んでここへ来たわけではないが、与えられた選択肢から今を選んだのはシャルロア自身だ。
 シャルロアは挑むように頷いた。

「武器携帯の許可を出します。剣と銃、どちらがお好みですか?」
「銃だ」

 シャルロアが答える前にファルガ・イザラントが当たり前のように答えた。
 師団長はそれで納得したらしく、シャルロアに聞き直すことなく引き出しから2枚書類を取り出して、素早くサインした。それをファルガ・イザラントが受け取る。

「メル君の武器携帯許可書です。途中、武器庫に寄って行きなさい。それとこちらは転移魔法陣許可書ですから、いつものように」
「了解」
「エレクトハ君。手綱を引けとは言いませんが、離さないようにしてくださいね?」
「……了解」

 諦めたようにうなだれて、エレクトハは敬礼した。犠牲者、もとい仲間がもう1人増えると聞いて喜んだ彼だが、指名された人間は頼りなさそうな新人だ。肩を落としても仕方ない。
 シャルロアとしてもファルガ・イザラントを押さえる要員として数えられても困るので、そこに関してはがっかりされるくらいで良かった。
 すっかり気落ちしたエレクトハに、シェストレカが厚みのある茶封筒を投げ渡した。

「今回の事件資料です。イザラント君は先ほどざっと目を通していましたから、君とメル君は行きながら読みなさい。では、任務開始」

 シェストレカが手を叩くと同時に、ファルガ・イザラントがシャルロアの横をすり抜けて、勤務室から出ていく。それに遅れてエレクトハも続き、シャルロアの前まで来ると甘い顔立ちに同情を忍ばせて、肩を叩いた。

「ご愁傷さま。とりあえず、副師団長を追おう。あの人、1人にすると何しでかすか恐いから」
「はい」

 第4師団の挨拶は、もしかしてご愁傷さまなのだろうか。二度目のその言葉にわずかに頬が引きつりそうになったが、シャルロアは耐えきった。変人相手ならいざ知らず、まともそうな人に向けていい顔ではない、という自覚はあったので。
 2人でファルガ・イザラントを追う最中、端的な自己紹介を交わした。

「私はシャルロア・メル一等兵です。所属は第6師団ですが、勤務は第4師団長付きとなっています。以後、よろしくおねがいします」

 すぐにファルガ・イザラントの後を追ったおかげで、彼には廊下で追いついた。

「よろしく。僕はタナウス・エレクトハ一等兵。うちに女の子が来たの、1年ぶりだよ。ねぇ、メルちゃんよかったら――」
「エレクトハ。勤務時間中にそいつ口説いたらケツを焼く」
「うっわ、あぶねぇっ!僕さらっと死ぬとこだった!メルちゃん、適度な距離感でよろしくね!」
「あっ、はい」

 シャルロアは生温い笑みで返した。どうやら、副師団長に焼かれるということは焦がされるということではなく、死を意味するらしい。彼に炎系の魔法を使わせるような事態にならないように、祈っておく。
 前を行くファルガ・イザラントが呆れたように手を振った。

「馬鹿言ってねぇで、さっさと事件資料を読め。向こうで被害者の名前が言えねぇようだったら撃つぞ」

 もうやだこの暴力副師団長、と泣き言を言いながら、エレクトハが茶封筒の中身を取り出した。数十枚に及ぶ事件資料は総務部門で見たことのないものであり――横から覗き見るだけでもグロテスクなものだった。
 添付された写真には、頬に痣の残る女性の顔が大きく写されている。髪の色は金色で、生気のないガラス玉のような目は青い。顔が腫れている所為でわかりにくいが優しげな面立ちの女性で、生前は親しみやすい女性であっただろうことが想像出来た。
 思わず軽く眉をしかめるシャルロアの横で、エレクトハが朗々と読み上げる。

「第1被害者発見は2週間前。被害者はアイネ・メメリカ、29歳の女性、主婦。アルトメント地区の一軒家にて午後8時24分、帰宅した夫が台所で遺体を発見。死因は喉を切り裂かれたことによる失血死。死亡推定時刻は同日午後3時から6時の間。凶器は台所にあった包丁」

 彼がめくった紙の下には、もっと暴力的な写真があった。

「性的暴力を受けた痕跡はなし。頭や顔に複数回の殴打痕はあり。また肩や手足には何度も刺された痕が残され……うわ、胸から下腹部まで開腹ですか……」
「その情報はデバイドウォーネ第2部隊内で留めてたらしいぜ。俺も師団長も知らなかったくらいだから、情報統制能力はあるな」
「そりゃ、感謝ですね。こんな情報、国民に流せないでしょう……」

 さすがに顔をしかめたエレクトハの横から、シャルロアは写真をなるべく目にしないようにして資料を読む。
 それによれば、開かれた腹部の内臓は犯人の手で玩ばれており、本来あるべき位置に内臓が位置していなかったという。さらに脇腹には、中ほどで90度に折れ曲がった鉄管が刺さっていたらしい。殴打痕はこの鉄管と一致するようだ。ということは犯人はそれで被害者を殴ったあと、脇腹に刺したということになる。これだけでも事件の異常さが浮き彫りだというのに、極めつけに第2部隊員が現場をどれだけ探しても、被害者の喉仏は見つからなかった。

「第2被害者発見は9日前。名前はトートス・ナジハケント、24歳女性。職業は酒場の歌手。東側の郊外イシャメル地区にあるアパートで、家賃を回収に来た大家が鍵が開いていたのを不審に思い中に入ったところ、午前7時2分、リビングで遺体を発見。遺体状況については殴打痕が頭部に1発ある他は刺し傷などなく、他は第1被害者と同じく胸から下腹部まで切り裂いて内臓を玩ばれ、喉仏を奪われています。死因も同じく失血死。死亡推定時刻は午前4時から6時の間。それと彼女の場合は脇腹に包丁が突き刺さっていたようですね……大丈夫、メルちゃん?」
「お構いなく……」

 第2被害者に関する資料に添付されていた写真もまた、酷いものだった。銀糸のような長い髪に、神秘的な紫色の瞳。生前に酒場の歌手という、華やかな仕事をしていたのも納得な美人だ。だからこそ痣はないものの、美しい顔を苦悶と恐怖の表情に歪めているさまは胸が痛む。そして胸から腹部が大きく開かれて腸がはみ出しているところを収めた写真には、思わず目を背けてしまった。
 お構いなく、と言ったものの、精神がすでにガリガリと削れていっているのが自分でわかる。
 ――なるほど。こういう書類も扱うから、今までの人は持たなかったのか。
 シャルロアだってなめてかかったわけではないのに、その覚悟の遥か上を行く苛酷さだ。家で蝶よ花よと育てられ、さらに最近の劣化した授業を受けていた総務部門卒業生では耐えられまい。
 斯く言うシャルロアだって、今改めて、士官学校の生温さを実感したくらいだ。こんな書類も扱う可能性が0じゃないなら、過去の事件資料でも士官学校で見せておいてほしかった。
 顔色が蒼くなったシャルロアを気にしながらも、エレクトハは続ける。

「第3被害者の発見は5日前。名前はポーラル・ケティア、18歳女性。パン屋勤務。彼女も同じくイシャメル地区にある一軒家の倉庫にて、午前8時36分、被害者の友人女性が遺体を発見。事件前日、被害者は夜通しで友人の誕生日パーティーを自宅で開いていたそうです。両親は旅行で3日前から家を留守にしていたようですね。被害者家の倉庫には果実酒を置いていたので、夜中に追加の果実酒を取りに行っていたような気がする、という友人たちの証言と解剖結果から死亡推定時刻は午前2時から5時の間」

 3人目の被害者を写した写真も、先の2人と同じような様だった。明るい金髪と緑の瞳が愛らしい少女。こんなに悲惨な写真からでも、快活だったのではと窺えるような面影が残っているのが痛ましい。
 血だまりの中に倒れた彼女も喉と腹部が切り裂かれ、脇腹に金づちの柄が刺さっている。資料には後頭部に殴打痕があり、それは金づちと一致していると書かれていた。そのためか彼女の死因は失血死ではなく、脳挫傷によるものだとも留意点として書かれている。
 ――つまり。
 シャルロアが考えたことを、ファルガ・イザラントが引き取るように言った。

「犯人が被害者を殴ってんのは、抵抗を削ぐためだな。死のうが生きてようが、抵抗しなくなったら喉をざっくり、だ。人間を人間だなんて思ってねぇ奴だぜ」
「だからうちに回ってきたんでしょう。ついカッとなって刺した、なんて言う犯人なら『犬』だけで充分裁いてくれますよ」
「ま、カッとなってハラワタ弄った、なんて言う馬鹿はいねぇわな」

 階段を降りながら、エレクトハは資料を茶封筒にしまった。それを見たシャルロアが手を差し出すと、きょとんとした表情を浮かべる。

「持ちますよ」
「……おぉ、うちに事務員がいる……!」

 彼は傍から聞くとかわいそうなことを漏らしつつ、慣れてない様子でシャルロアに資料を預けた。中を恐る恐る確認したが、3人目以降の資料は封筒に入っていない。

「被害者は全員で3人ですか?」
「いや」

 シャルロアの問いに、ファルガ・イザラントは首を横に振った。

「今朝、4人目と5人目がミズルワ地区で発見された」
「連続で、ですか」
「同時だ。4人目と5人目は夫婦だからな」
「やーな感じですよねぇ」

 エレクトハが苦い表情をして、そう言った。

「今まで女の子ばっかりだったのに、男も殺されたとなると」
「明らかにイカれてるな。だから師団長が大慌てでメルに武器携帯許可出したんだろ。お前、一応あっちでは1人になんなよ」
「騎警団の服を着てる人間を襲うでしょうか?」

 聞きながら、そんな馬鹿な、とシャルロアは思う。大抵の人間は騎警団の服を着ている人間相手に犯罪行為をしようなんて思わないはずだ。相手が女性団員だったとしても一般人よりは戦闘訓練を受けているのだから、苦労の割にうまみがない。それくらい子供でもわかる。
 しかしファルガ・イザラントは階段を下りきった先でやけにきっぱりと言い切った。

「襲うぜ。この手の輩は」

 胃に石を落とされたような、嫌な重みを感じた。
 隣を歩くエレクトハの表情が変わらないのも、言葉に重みが増す要因だった。
 ――この人たちは、もう確信してるんだ。
 今回の犯人が、騎警団の服を着ていようがいまいが気にしない類の異常者であることを。きっとその確信は、彼らの経験に裏打ちされている。
 ぞっとした。
 近年、連続殺人事件がなかった、とは言わない。シャルロアが物心ついてからいくつかあったと思うし、士官学校に入ってからもあった。
 だがそれらの事件の詳細はほとんど語られていない。誰が、どこで殺されたのか、その程度の情報しか国民にはもたらされず、どのように死んだのかは近しい者しか知れないのだ。
 もしかするとシャルロアが知っている連続殺人事件を、彼らがひっそりと担当したことがあるかもしれない。騎警団の制服には所属を示すものがないから、第2の仕事を第4が引き継いでいたとしても一般人にはわからないのだ。凶悪(・・)を追う第4師団が担当する事件の意味を、今初めて深く理解した。

「……そのことは、一般領民には」
「まさかそんなイカれてる人間がいる、なんて言ったところで混乱を招くだけだからな。とりあえず今は『犬』が夜の外出は控えるように呼びかけてるし、『虎』が見回りを強化してる。殺人事件が連続で起こってることは知ってるから、その辺りは領民も気をつけてるはずだ」
「警戒するのはいいけど、不安そうな顔はしないでね。領民がそれにつられるから」

 つまりこの事件は、国民が恐慌状態になりかねないほどの事件だということだ。
 シャルロアは頷いて、不安を隠して無表情を顔に張り付けた。他者に何かを隠すことは自分にとって日常であるはずなのに、今回ばかりは上手く出来ているか心配になった。
















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