「猫だったら、完璧だったのに」

ぼそりとつぶやかれた声に、ルウスは顔をあげる。その真正面にいるのはリビング
のソファに座ったシシィで、紅茶の入ったカップを両手で持ちながら、こちらを見つめ
ていた。
ルウスはそれまで読んでいた新聞紙を、口を使って器用にテーブルの上でたたみな
がらシシィに尋ねる。

「何が猫なら完璧ですって?」
「ルウスさんが」

――私が猫なら、何が完璧だと。
頭の上に疑問符を浮かべるルウスを置いて、シシィは憂鬱げにため息をついた。
その吐息で紅茶の表面に少し波が立つ。

「だって、ルウスさんが犬じゃなくて黒猫だったら魔女っぽくて完璧じゃないですか」
「面白みはないですけどね」
「面白みなんか求めてどうするんですか!魔女と言ったら黒猫にとんがり帽、それと
ほうき!女の子の憧れる最高のアイテムですよ!?」
「シシィさん、ロッドを持ってるじゃないですか」

ルウスに冷静につっこまれて、シシィはう、と詰まる。

「それはそうですけど。おばあちゃんから貰った大切なものですけど。でも、こう、イメ
ージと違ったんですよ」
「どんなものだと思ってたんですか」
「もっとキラキラとしてて、いっぱい石がはめ込んであって、飾りもたくさんで……」
「そんなもの、いざ使おうと思ったら飾りで重いし使いにくくて最悪ですよ」

再びつっこまれて、シシィはまた詰まる。
さらに、ルウスがその隙にたたみかけた。

「そもそも、何故空を飛ぶのにほうきなんですか。ほうきは掃除をするためにあるの
であって、空を飛ぶものではありません。魔術師は空を飛べませんし」
「え、えぇー!」
「……かなり、相当、血反吐を吐くような練習をすれば可能かもしれませんが」

ファンシーに空を飛びたいのに、そんな生臭いものを吐きたくない。
シシィは重いため息をついた。ルウスは全然、乙女心と言うモノを分かっていない。
理解されても微妙だが。

「それに、シシィさん。イメージ先行なら、魔女は『ヒヒヒ』笑いで鉤鼻。怪しげなつぼ
に緑色の液体をかき混ぜてるんですよ?お菓子の家に子供を招きこんで、食べちゃ
うんですよ?いじめちゃうんですよ?」
「…………」
「ねぇ、イメージなんて、そんなものです」

いや、やはり彼は乙女心を理解すべきだ。少女の夢をここまで壊さずともいいだろう
に。シシィは恨みがましく、ルウスを睨む。
一方のルウスは知らん顔だ。
――でも。
よくよく考えてみれば、ルウスが猫の姿をしていないのは、正解かもしれない。
――あの性格で猫。
何と言うか――かわいくない。
ぴしゃり、と冷たく言い捨てる猫のルウス。かわいくない。
彼の時々見る黒さや冷たい言葉は、あの犬の姿によって92パーセントやわらかくな
っているのだ。
それを猫にすると、かなり泣きたくなる。

「……」
「何ですか、いきなり黙り込んで」
「……ルウスさん、ずっと犬の姿でいてくださいね」

暴言である。

「ちょっ!?シシィさん、私を人間に戻すんでしょう!」
「ごめんなさい……猫がいいなんて言った私がバカでした」
「夢を壊したの、そんなに恨みに持ってるんですか!?だからって人間に戻さないな
んて酷くないですか!?」

すでに自分の思考に囚われているシシィに、ルウスの言葉が響くことはなく。
2人すれ違ったまま、今日も穏やかな午後が過ぎていった。