空気は花の香りで満たされている。

シシィはその香りを体内に取り込むように深呼吸してから、隣に座り、紅茶を飲むル
ビーブラッドを横目で盗み見た。
夢の中のガーデンはいつも夜で暗いが、星明かりがあるので何も見えない、という
ことはない。なので、今もルビーブラッドの表情がよく見える。
相変わらずの仏頂面なのだが。
―――あ、ああっ、訊きたい…!
シシィは現在悩んでいる。ルビーブラッドに訊きたいことがあるのだ。
が、その質問を口に出すのは微妙に躊躇する。
しかし訊きたい。
しかし。

「―――何だ」
「ひょわい!?」

いつの間にか盗み見るどころか、じっと見つめてしまっていたらしく、その視線に
気づいたルビーブラッドは何か用があるのか、とシシィに尋ねた。

「よ、用、と申しますか何と申しますかっ」
「………………」
「あ、いえ、その…」

―――訊いてもいいかなぁ…。
何が言いたいのか分からず、眉間にしわを寄せて自分を見つめるルビーブラッドは、
はっきり言ってちょっと怖い。
怖いが、訊いてみたい。
訊いてみたいが、怖い。

「ええと………」

―――訊いてみよう、かな。
めずらしく、シシィの中で好奇心が勝った。

「ルビーブラッドさんって、最初に会ったとき、ちょっと怒ってませんでした…?」

シシィの質問に、ルビーブラッドは意外そうな表情で目を軽く見開いた。
―――これくらいルビーブラッドさんとしゃべらなくちゃ分からなかったけど。
最初に出会った時の彼は、今の彼と比べると微妙に棘があった気がするのだ。言う
言葉も少しキツくて、表情も硬かった。
―――初対面だったっていうのもあるかもしれないけれど。
そういうわけで、最初に出会ったときは怒っていたのかと思っていたのだが、ルビー
ブラッドはふむ、と思い出すように考え込んでから軽く訂正した。

「………怒っていたというよりは、イラついていたという方が正しい」
「は、はぁ………借金取りさんに追われてたからですか?」
「まぁ、しつこさにイライラしていたのも事実だが………主に」

ルビーブラッドは、テーブルの上に置かれた紅茶を見つめつつ、口を開く。

「空腹のせいだな」
「………は?」

くうふく、と言葉を繰り返すと、ルビーブラッドは頷いた。

「空腹もある程度なら我慢できるが、限界を超えるとイラつくようになる」
「そうなんですか…私は切なくなっちゃいますね」
「…正直、そちらの方が羨ましい」

そうだろうか、とシシィは悩む。お腹が減ると切なくなるのというのは、案外悲しくて
たまらないものだ。涙が出てきそうになる。
ルビーブラッドは淡々と話し続けた。

「幼少のころ、祖母の畑の作物収穫の手伝いをしてたときにだな」
「はぁ」
「…腹が減っていたんだ。今思うと、祖母に一言でも言えば何か食わせてもらえたん
だろうが、その頃は言えなくて黙って作業をしていた。が、やっぱり空腹にも限界が
きた。イラついてきたわけだ」

―――幼いルビーブラッドさんが、畑仕事。
シシィの頭の回転速度は急激に遅くなった。現在のルビーブラッドの姿から幼いころ
を想像できないし、畑仕事をしている姿も思いつかない。
やはり麦わら帽でもかぶってたんだろうか、と思ったところでルビーブラッドの衝撃発
言が耳に入ってきた。

「で、何を思ったか覚えてないが、畑を一つダメにした」

―――それは、なにでですか、るびーぶらっどさん。
愚問である。
彼の魔力は異様に高い。
それで説明は十分だ。

「祖父祖母父母、全員に叱りとばされたな」

叱りとばされただけで済んだところがすごい。

「あのときよりは限界値は高くなったが、今でも空腹だとイラつく」
「………………」
「お前と会ったときは食べ物を恵んでもらえたが、それでも限界以下までなかなか
下がらなくてだな。イラついているときはどうにも、言葉や行動が荒くなっていかん」

―――ああ、あのときの悪い人たち…運がなかったんだなぁ…。
そう思うと、微妙にルビーブラッドの魔導の使い方が荒かったかも知れない。
再びカップを手に取り、口につけたルビーブラッドを見ながら、シシィはゆっくりと口を
開いた。

「…やっぱり、ご飯を食べれるだけのお金は持っていた方がいいですよ」
「………借金がな」
「借金を返す前にイラついて何か壊してしまったらどうするんですか」
「………………」

黙るルビーブラッドを前に、シシィは密かに決意した。
これから先、彼が少しでもイラついた様子を見せたら何か口に入れさせようと。